体験記「母の物語」

探し続けた答え:chapter11

ノンフィクション体験記「本当に母が死ぬ日」佐倉えりか

 
人は何のために生まれて来るのか? 自ら設定して来た課題を果たす、そのために出会う相手はいわゆる「運命の相手」であるのかも知れません。でも、だからといって暴力を受け続けなければならない理由はないはずです。むしろその流れを断ち切るためにこそ、出会う相手なのだと思います。
 

【この話は前回からの続きです】母の人生の課題:chapter10
【最初から読みたい方はこちら】幕が上がる時「本当に母が死ぬ日」:chapter1

「運命の相手」との関わりは逃れられない宿命論ではない

 
運命の相手という事について、私は「宿命論」じみた解釈には全く賛成しかねます。 母は生前、「私はきっと前世ですごく悪い事をしたから、業(ごう)が深いんだね……」 と、逃れられない定めのような悲壮感でA氏とのつながりを嘆いていました。

前世で犯した罪の咎(とが)により、償いの人生を送るケースももちろんあるかも知れません。けれど、いつかの生において殺した相手と生まれ変わって再び出会い、罪を償うために今度は自分が殺されなければならない、などという話は恐ろしく馬鹿げています。
そうやって何度も転生しながら、お互いに加害者・被害者の役を交代し合って同じ事を繰り返し続けているという話を何かで読んだ事がありますが、それではあまりにも救いようがないではありませんか。どこかで、そのカルマの流れを断ち切る事が必要なはずなのです。
 

母はなぜ、どのようにして自分の死期を悟ったのか。それを知る術はありません。もしかしたら、あの日、母はA氏にもうすぐ自分が死ぬという事を告げたのではないだろうか……あまりにあっさり承諾され離婚が成立してしまったのは、普通ではなかなか理解するのが難しいような何事かがあったからではないかと、今にして考えたりもします。

見えない世界の不思議は私を探求へと駆り立て、あれこれ本を読んだり、占星術やアカシックリーディング、チャネリング、ミディアムシップなど、様々な知識やワークを勉強したりもしました。それ自体は私にとってはさほど意味を持たなかったようで、身に付けたもので何か仕事や啓発活動をしよう、というような事にはあまり興味が沸きませんでした。多分、ただ知りたいだけなのです。母に根差した、叶う事のない思慕のようなものなのかも知れません。
(※上記は2014年5月時点での心情です。現在は実体験を元に終活について様々な情報をお伝えすることに自分の必要性を感じています)

不思議な現象については、ただ「あるもの」として自然に受け入れればいい

 
ただ、いわゆる不思議な現象というものはそう珍しいものではなく 例えばそこにはいない人の声が聞こえる、そこにないはずのものが写真に写り込む、などの事は私も時々体験しています。

そういったものを今さらトリックだの思い込みだのと躍起になって否定する必要もないと思います。私たちが生きているこの世界に重なるように、見えない世界が存在していても何ら不思議はありません。私たちは死んだらどこへ行くのか、そんな風に考える事の延長線上にあるもの、という気がします。
母が亡くなってから十年ほどして父も他界しましたが、その時も、私の周りには不思議な現象がいくつも起こりましたから。
 

二年ほど前だったでしょうか、アカシックリーディングを受けた時に、特に何の事前情報も与えていないのに母について指摘された事があります。
「お母さん、もう亡くなっていますか?……お母さんが出て来ました。時々あなたの側に来ていますね。あなたもそれに気付いていますよね?お母さん自身、既にあなたのガイドになりつつあります」
この辺りは、初めて霊視を受けた先生から聞いていた内容と一致していました。

そして更に、
「?名前が違っている?……亡くなった時の名前?ってどういう事だろう」
「ああ、離婚再婚で色々と」
「なるほど。お母さんは、再婚した時の名前で亡くなりましたか?」
「いえ、再婚相手とさらに離婚が成立して旧姓に戻って……四日で亡くなりました」
「ああ、お母さん それを待ってましたね」
その言葉を聞いて、私は衝撃を受けたのです。
 

母は「自分の死の合図」を知っていたのかもしれない

 
もしかしたら母は「離婚が成立した時が、自分が死ぬという合図」なのだと、どこかで知っていたのかも知れません。
一度死にかけた時に自分の寿命を知り、課題に取り組む間その記憶を封印していたけれど、いのちの期限が迫った事を何かによって知らされ急ピッチで離婚を進めた。そう考えると、母の死後の様々な事柄が全てつながって来るのです。
 

離婚後すぐに住民票を私の家に移したのは、母があまりにも急いだからでした。共済の解約のために担当者に来てもらう段取りも、母が組んだものでした。
(そしてそれは解約ではなく、そのまま死亡保障金の受け取り手続きへと変わったのです。母が解約云々言わなければ、私はそんな共済に加入している事すら知らなかったくらいです。)

戸籍に至っては、母が亡くなった時はまだ事務手続きの最中で、「戸籍を作ると同時に死亡届によって戸籍を抹消する」というおかしな事になったくらいに展開の早さは目まぐるしいものでしたから、母があれほどテキパキと動いたのにはこんな理由があったのかと思うと、今さらながら驚きます。

寿命自体は〇月×日という限られた狭いものではなく、数日~数か月単位で死期の調整は出来るものなのかも知れませんが、「心臓の動きを止める」という実際の肉体的な死のタイミングがやって来るのは“離婚成立”のすぐ後なのだという事を、母は恐らく知っていたのだと思います。
手落ちのないよう、全てをやっておきたかったのだと思えば納得が行きます。
 

もし、私が「自分の死ぬ日」が数日後に来るという事を知ったとしたら、果たしてどうだったでしょうか? 怖いとは思いません。でも、やり残した事がないかどうか、残り時間の中で何を優先させるべきか、パニックになってしまうような気もします。
 

人生上に起きる悩み苦しみの理由は必ず明かされる日が来る

 
生きる中で起きる悩みや苦しみには、必ず意味や理由があると思うのです。 渦中にいる時はそれがどういう理由なのかは分からなくても、必ず明かされるべき時が来るのだろう、と。 その「時」はきっと、その苦しみを存分に自身に引き受け、迷い、体当たりして行った先に訪れるのでしょう。
 

宿命が使命に変わる時――
それは自ら決めて来た課題をクリアしカリキュラムを終えた後に、そこから学んだものを生きて行く理由として意味付ける、何らかの収穫のようなものだと思うのです。

苦しみ抜いて来た中で見えて来たもの、つかんで来たものこそが、その後の人生において命の底から溢れるほどの真の生きがいを与えてくれるのではないでしょうか。
そのために人は成長し、魂のレベルを磨いて行きたいと願って生まれて来るのではないかと思います。
心が震えるほどの感動、そう言葉で書くと何だか薄っぺらいもののようでも、実際には人は涙を流せるほど感動した時、「生きていて良かった」と心底感じるものだと思うのです。
 

私の人生が、この先どこまで続いて行くのかは分かりません。でも、きっと自ら成長を願い、志願してこの世に生まれて来たはずです。
これまで辛く苦しい事は多かったけれど、今はほとんど気にもなりません。その辺りはそれぞれ持って生まれた学び(課題)が違う事と関係しているようで、私の人生においてはそれが、母のように幼少期のトラウマとして根深く残るような設定にはどうやらなっていないように思います。
 

トライ&エラーを繰り返していれば「人生の意味」の答えに自然と辿り着く

 
生まれて来た理由、生きる意味、それは特別な労を払って探さなくても ただ懸命に生きているだけで、答えは自ずと分かってくるものなのかも知れません。
人生の中で、もがいてさまようのは構わない。でも、「私の使命は何でしょうか?」などといった答えをいつまでも探し続けるのは無意味でしょう。答えを聞いて、ハイ了解しました、と言ってすぐさまそれを実行に移せる人は今の所私は見た事はありません。むしろ、使命だの天職だのと考える事なく、自分の力で必死に人生のトライ&エラーを繰り返してみる方が 実感を伴ってより早くそこにたどり着けるような気もします。
 

生まれる前に決めて来た道はどんなもなのか、私は自分の中ではかなり確信を持っています。ただ、どうしてもそれを受け入れたくなかった。そのせいでずっとずっと回り道をし続けて来ました。
それは、逃げていたというよりも反抗していたという方が近いかも知れません。様々なものを見聞きし体験する年月を経て、ようやく今になって肩の力が抜けて来たように思います。私にとっては、そうやってわざと自分から頭でっかちになって考え込む事そのものが、「もがきまくるトライ&エラーの課程」だったのかも知れないな、と思ったりもします。本当は身の周りに起きる出来事をちゃんと見つめていれば、考える必要もないほど一目瞭然だったのです。

こんな私でも、少しは成長したのでしょうか?……そこはさすがに、自分ではよく分かりません(笑) ただもうここまで来たら、やるしかありません。私に出来る限りをこの手につかんで成し遂げ、意気揚々と天に還れる自分でありたい。
そんな たった一つのちっぽけな、でも永遠に変わる事のない夢を今、私は追い続けています。
 

【最初から読みたい方はこちら】幕が上がる時「本当に母が死ぬ日」:chapter1

※この記事は、2014年発売の「本当に母が死ぬ日~母は、その「時」が来るのを知っていた。」(Kindle版)よりほぼ同内容を抜粋・加筆し掲載したものになります。

ABOUT ME
夕貴
自ら予言した通りに亡くなった母、突然倒れて帰らぬ人となった父……二人を見送った経験から「天国への旅支度」の必要性を痛感。見送られる側・見送る側それぞれの心に寄り添うエンディング、現代社会にマッチした新しい終活の在り方を模索し続けています。
PAGE TOP