突然始まった、テキストもない、カリキュラムもない形式上の占い講座でしたが、瑛人くんの知的興味はどこまでも尽きることがなく、ネットで調べたり自分で解釈したりしたものをどんどん私に質問してくるようになりました。
こうしたフリースタイルが彼の性には合っていたようで、毎回オンライン授業の終了後も、ビジネスチャットにびっしりと考察を書いては私の意見を求めてきました。
そしてそんな状態もしばらく経つと、瑛人くんはだんだん、自分のことを話し始めるようになりました。
占う題材が尽きて自己分析にテーマが移ったこともあるかもしれませんが、この頃には大分、私を信用して心を開いてくれていたのではないかと思います。
【前回の記事はこちら】
➡ 瑛人くんとの出会いと、私が占い師になった理由:回想編1
【前シリーズの最初の記事はこちら】
➡ 止められなかった自殺予告…自死を選んでしまった友人①
Contents
信頼できる相手かどうかを測る「試し行為」
初期の頃に一度、瑛人くんは私を試したことがあります。
オンライン授業と並行して気まぐれに対面鑑定にも顔を見せていたのですが、ある時私が何を言っても「いいえ」「違います」「そんなはずはない」等々、否定的な言葉と態度で鑑定結果の全てに突っかかってくることがありました。
「でも、カードはそう出ているよ。私は出たカードの通りにしか言ってあげられないよ」
「だったらカードがデタラメなんじゃないですか。それか夕貴さんが読み間違っているか」
「瑛人くんはこれをやりたいって言ってたでしょう?今もそう思ってるってカードには出てる」
「僕そんなこと言いました?言ってないですよ。そもそもそんなこと思ってないし」
質問しておきながら、出た答えにいちいち噛み付く瑛人くん。さすがの私もお手上げで、じゃあ何でわざわざ占いなんかしに来たのかと、少し恨めしくも思いました。
全てにNOと言われてしまっては他に返す言葉もなく、「そうなんだね、じゃあもう私に出来ることはないかな……」と口をつぐんでしまったのですが、すると突然彼がふっとシニカルに笑いながらこんなことを言ったのです。
「……相当、ショックだったんですね。少しやり過ぎたかな」
「すみません。ちょっと試してました。夕貴さんがどんな反応をするのか」
占いに来るお客としてはかなり失礼な態度には違いありませんが、これは瑛人くんが私に仕掛けた洗礼のようなものだったと思います。
重度の人間不信だった彼は、それでも私がこの無理難題をくぐり抜けて、自分の敵ではないと信じさせて欲しいとどこかで願っていたのではないでしょうか。
誰に対してもこんなにあからさまに非礼を働くほど、瑛人くんは不躾な人ではありません。むしろバカ正直なくらいに誠実だし、だからこれは瑛人くんにとっては人を選ぶ行為だったと私は思っています。
自分をどこまで受け入れてくれるか、怒って離れて行ってしまわないか、それを確認する行動に出るくらいには、私の存在は彼の意識の中に入っていたのかもしれません。
どこか似た者同士だった私たち
瑛人くんと私の間には意外な共通点が多く、少しずつ話してくれるようになった身の上話を聞く度に、私たちはどこか似たもの同士なんだなと感じずにはいられませんでした。
親子ほどに年齢も離れ性格もまるで正反対だった私たちですが、親の離婚や子供の頃に借金取りから追われたなどの生育環境、体質の悩みやずっと抱えている後悔等々あまりに相似していたために、いい意味でも悪い意味でも、話しているとお互いにいたたまれなくなることもしばしばでした。
また、インターネットやパソコンを使う作業が好きで、ワードプレスを用いたブログ運営が趣味だったり(瑛人くんは趣味ではなく、単独で出来る在宅ワークとしてブログを運営していましたが)、思考パターンが似ていて話を延々続けても会話が途切れなかったりと、年齢差や性別を超えた奇妙な連帯感が二人の間には芽生え始めました。
そのうちとうとう、瑛人くんは私が言葉を発するより先に返答をよこすようにもなりました。
「瑛人くん、来週のオンラインの日程なんだけど」
「あ、いいですよ水曜でも」
「良かった、じゃあ変更したURLを送っておくね」
――一見、示し合わせた会話のようですが、実はそこにはかなりの言葉が省略されているのでした。
本来ならば、
『木曜日は都合が悪いので別の日に変更して欲しいんだけど、瑛人くんはいつがいいかな?』
『僕はいつでもいいですよ。夕貴さんは、そういえば水曜日は比較的都合が付きやすいみたいですね、今まで見ている限りだと。じゃあ水曜日にしますか?』
『そうね、水曜でお願いします』
などといったやり取りが挟まるものですが、見事にその部分がいつもすっ飛んでいたのです。
でも、私たちの間ではそれでもちゃんと会話が成立しました。なぜか通じ合うというか、まるで言葉の通じない外国にいて、自分と同じ国の言葉を話す人に出会ったかのような感覚でした。
一緒に仕事をするために出会った気がする、と伝えはしたものの……
実はこの頃から、私は妙に鮮明な、意味深な夢を見るようになりました。
子供の頃から予知夢のようなものを見ることが多かった私ですが、この時期の夢は、そういう類のものなのか何なのかはよく分かっていません。
ある日は江戸時代の遊郭にいた私が、川に身を投げるという夢でした。(夢の中で瑛人くんは同じ時代にいたのですが、どういう存在かは謎のままでした)
またある日の夢では、私たちはとある(実際に)大ヒットした漫画の中の主人公になっていました。それは二人の少年がコンビを組んで漫画家を目指していくというストーリーで、夢の中で私たちは一緒に組んで小説を執筆して世に出そうとしていました。
私は自分が見たそんな夢の内容を、今まで感じていた魂の親和性や前世的な縁の話も含めて、思い切って瑛人くんに話してみました。
「私たちは強い宿縁を持っていて、一緒に仕事をするために出会ったような気がする。瑛人くんは前に『年を取ったら小説家もいいな』なんて言っていたし、二人でコラボ小説を書くなんていうのはどう?」
対する瑛人くんの返事は、実に素っ気ないものでした。
「僕は元々猜疑心が強いので、そう言われてもにわかには信じられないですね。前世とかそういうのは半信半疑です。大体小説なんて僕は書いたことないし、夕貴さんが書きたいんだったら自分で書いた方が早いんじゃないですか」
そう言われてしまっては致し方ありません。別に私も書きたい訳ではなくて、ただ夢が気になったから伝えたまでのことです。
結局コラボ小説の件はこの時は流れて終わってしまったのですが――実は後に瑛人くんが亡くなってから、ミディアムさんを通して「夕貴さんと一緒に二人三脚でそういう仕事をしていく」「夕貴さんの言ってたことは本当だよ」ということを、瑛人くんの側から伝えられることになるのです。
自分たちはコンビだと思うってことを言っている。何か分からない、コンビなんだっていうことを言ってる。もう名コンビだからって。
で、思考パターンもすごく似てるところがあって、ああ言えばこういうみたいな。こうだったらこうみたいな。
(中略)今度は立場が逆転だねじゃないけど、だから名コンビなんだって。で何かこう笑いのツボも合うじゃないけれども、笑いのツボも合うし、とにかく人には理解できないぐらいのツイン?みたいな存在だったっていうこと。
だから夕貴さんが何かすることは自分は許せるし、許可できるって。夕貴さんがお母さんに対してそれ(※彼のパソコンのパスワード解除)を、あのーやったことっていうのも、ツインだからそれは何かこう…もう任せるみたいなね。残ったことは全部任せる。きっとこういう風にしてくれるだろうとも思っていたし、っていう。
いじめ、パワハラの末に精神病様症状に苦しみ自死を意識していった彼
社会的にこうあるべきという規範意識が強かった彼は、統合失調症の診断が下った時点で自分は人生の落後者だと思い込んでいました。
そして真剣に自殺を考えるようになったそうです。
最初に事に及ぼうとしたのは大学生の時でした。同級生からのいじりやマウント行為が激しくなり、サークル活動中に理不尽ないじめを受けるようになったのです。
その頃から道行く人々が自分をせせら笑ったり、自分の歩調に合わせて駅構内のシャッターが次々と下りていったりする妄想が出始めたようです。もっとも、本人は妄想とは納得していませんでしたが、それでも大学のカウンセラーからはすぐに精神科を受診するように勧められたといいます。
休学して二年留年し、何とか卒業はしたものの、その後も就職した会社で激しいパワハラを受け(もっと言うと犯罪まがいのセクハラ行為まであったようですが)、二度の転職を繰り返した末に外出自体ができなくなり、社会生活を断念したそうです。
在職中も引きこもり状態の時も、瑛人くんは何度も自殺を試みたそうです。それでも死ねずに万策尽き、やむなく田舎の親御さんの元に帰ってきたのだと……。
ご両親は離婚しており、最初はお父さんのアパートに転がり込んだが折り合わず、お母さん所有の空き家で一人暮らしを始めて今に至る、とのことでした。
例え精神疾患の素因は元々持っていたとしても、いじめやパワハラなどにより心身が傷付けられ、それが発症の引き金になった可能性は否定できません。
瑛人くんが追及していた占星術のテーマは、そのほとんどがパラダイムシフト――新しい時代の到来、人間関係がピラミッド型からフラット型へ変化するという、時代の流れに関するものでした。
⇒2020年以降の世界を様々な見解から予測してみる ~その1~【アフターコロナ、パラダイムシフト、未来予測】
どこかで彼は、権力を持つ者が君臨するような社会構造が壊れ、平和主義的で差別やマウンティングのない世界が訪れるのを夢見ていたのではないでしょうか。
「僕はいつかは死ぬつもりです」と、まるで他所の国へ行くかのようにサラッと口にする瑛人くんが、本当に旅立ってしまうなどとはまだ、この時は予想もしていませんでした。
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