魂について考える

故人が四十九日までこの世に留まるというのは本当か

白い蝶のイラスト

亡くなった人の魂は、「死後すぐにあの世に行ってしまう」のではなく、やはり
しばらくの間はこの世に留まり、親しい人々に最後のお別れをするのではないか……
そしてそれは、世間一般で言われているように「四十九日」ほどの期間なのではないか?

――そんな風に思えた出来事を、いくつか私の体験と共に綴ってみたいと思います。
(※この記事は、別ブログに掲載中の記事から抜粋・編集し、加筆しています)

父の四十九日の日、私の隣に一羽の白い蝶が…

 
その日、私は用事があって外出し、ベンチに座って待ち時間を過ごしていました。
すると、一羽の白い蝶(蛾)がどこからともなくひらひらと舞ってきて、
私の人差し指にちょんと留まり、羽を休め始めたのです。
 

――この蝶は、一体どこから入ってきたのでしょうか?
ベンチは大きな建物の奥にあり、そこで蝶を見かけることにはとても違和感を覚えました。

そして蝶は、またひらりと今度は私の隣に舞い降り、
そのまま私に寄り添うように、しばらく身動きひとつせず、じっとしていました。
 

白い蝶の画像1
白い蝶の画像2

▲ 携帯カメラを近付けても、まったく動く様子もありません。
 

白い蝶(蛾)は魂の化身、といつかどこかで聞いたような記憶がありますが、
私には、ちょうど四十九日目の節目を迎えた父が、
この蝶に姿を変えて「旅立ちの時」を告げにきてくれたように思えてならなかったのです。
 

▼【参考】(別ブログの記事が開きます)
四十九日目に現れた「白い蝶」

 

「まだこちらにいますね」開口一番、霊能師が私に言ったこと

 
このとき私は、父より8年ほど前に亡くなった母のことを思い出していました。

ある複雑な事情から、私たち姉妹は急逝した母の霊にコンタクトを取る必要に迫られ、
「そうだ、霊能師に力を借りよう」と思いついたのですが……
いざ霊視が始まると、霊能師の方は開口一番、私にこんなことを聞いてきたのです。
「あれ?お母さん、まだこちらにいますね。亡くなったばかりなんですか?」
 

これには私も少なからず驚いてしまったのですが、
その時点では本当に、母の死後、まだ一週間ほどしか経っていなかったのです。
(霊能師の方には詳しい経緯などは一切話していませんでしたが――にもかかわらず!)

この出来事があって以来、私の中では
「ああやっぱり、亡くなってもすぐに天国へ行ってしまう訳ではないのだなあ……」
という思いがますます強くなりました。
 

旅支度イメージ
 

お通夜の日、何度点けても消えてしまうお線香の火

 
私の母は、ある日突然倒れて救急車で搬送され、心不全でそのまま急逝してしまいました。

死亡診断が下された後、葬儀社手配の車で病院から自宅に戻り 葬儀の準備が始まったのですが、
布団の脇には枕飾りの祭壇が置かれ、その上にはぐるぐる渦巻き型のお線香が灯されていました。

お通夜の間は、「浄土までの道しるべ」としてお線香の火を絶やしてはいけない、
などとよく言われていますが(※現在では消防法の関係上、それも難しくなってきたようですが)
「なるほど、これなら火を絶やさないために付きっきりで番をする必要がないな」
と、このとき私と妹は、昨今の仏具事情に妙に感心したものでした。
 

翌日、家族全員でお通夜までの時間を亡くなった母の棺の側で過ごしていると、
昨晩とはうって変わって、お線香の火が「何度点けてもすぐに」消えてしまうのです。

お線香を取り替えてみても、やっぱり同じように、1cmほど燃えてはすぐに消えてしまいます。
実はこのとき、後述する不思議な現象がもうひとつ、この出来事と同時に起きていました。
なので私たちには、「死んでしまっても母の魂はまだちゃんとここにある」ということを、
母自身が一生懸命に知らせてくれているのだ、と思えて仕方がありませんでした。
 

 

後で知ったことですが、亡くなった直後、すぐにこうした現象を起こすのは意外と難しいみたいですね。(生きていた頃と同じように、霊になっても得意・不得意というものがあるようです)

たいていの場合、故人は「肉体から離れてしまっても、自分の魂はまだここにある」ということに気付き、亡骸のそばにいる家族に何とかしてコンタクトを取ろうとするのですが、
通常はテレパシーとして発せられ、“虫の知らせ”のようなキャッチのされ方が多くなるようです。
 

はっきりと目に見える形で「物理霊媒現象」を起こすには意外とテクニック(?)が必要みたいで、これらの不思議体験は、その後の私をミディアム(霊媒)への勉強に向かわせるきっかけとなりました。
(今となっては、それらも全て、予め計画されていた出来事のように思えてくるのですが……)
 

※お線香の火を絶やしても心配する必要はありません!

上記のように、亡くなった私の母は「お通夜の日に、お線香の火を自ら消して」自分がまだそこにいることを知らせてくれました。

ですから、例えお線香の火を絶やしてしまっても「無事にあの世へ行けないのでは?」などと心配する必要はないのですね。
作法や風習には、魂の世界から見たら大して意味のないことが案外多いものです。あまり気にせず、真心から故人の冥福を祈ってあげてくださいね。

 

祭壇にお供えしてあったお茶の量が、気付くと減っている

 
さて、お線香の火と同様に、この日は「祭壇にお供えしたお茶の中味が減る」という現象も見られました。

なみなみと入っていたはずなのに、ふと気付くとお茶の量が半分近くまで減っているのです。
何かの見間違いか、はたまた部屋の乾燥で蒸発してしまったのか……?
とりあえずもういちど継ぎ足して様子を見ると、やっぱりまた少し減っているではありませんか!
 

湯飲み茶わんに入ったお茶の画像
 

――ちなみに、義弟は葬儀社に勤務していて、こうした現象は割と見慣れているのだそうです。
「こういうことは良くあるよ」と言っていましたが、
その言葉も、 “母の魂はまだここにある” という感覚を後押ししてくれたように思います。
 

こうした現象を見ていると、亡くなった人の魂は、やはり死後しばらくの間はこの世に留まり、大体「四十九日を過ぎた頃」に霊山へと旅立つのだと考えるのが一番しっくりきます。

一般的には迷信の類だと片付けられてしまいがちなこうした出来事も、
私には「魂の不思議」というか、「魂は死なない」ことの証明だと感じられて仕方がないのです。
 

少なくとも、愛する人が亡くなっても「そのまま消えてしまう訳ではない」と信じていられるのなら、それはとても幸せなことなのではないかと思うのですね。
だからこそ私たちは、亡き人を想い、供養や祈りといったものに心を砕きつつ
精一杯に“与えられた命”を輝かせて生きていこう、と思えるのですから……。
 

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夕貴
自ら予言した通りに亡くなった母、突然倒れて帰らぬ人となった父……二人を見送った経験から「天国への旅支度」の必要性を痛感。見送られる側・見送る側それぞれの心に寄り添うエンディング、現代社会にマッチした新しい終活の在り方を模索し続けています。
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