魂について考える

肉体は魂の器? 母が感じ取っていた「命のサイン」

「天使のはしご」画像

霊的感受性が強かった母の、不思議な生と死の予告

私の母は、いわゆる霊感体質というのでしょうか、人の生死にまつわる情報を誰よりも早く察知するようなところがありました。

例えば私や妹が妊娠したときは、本人よりも先に母の方がそれを察知する、というおかしな展開を毎回辿ったものでした。まだ妊娠検査薬さえ反応しないごく初期の頃に「赤ちゃん(母にとっては孫)が生まれるよ」などと言い出し、後になって本当に妊娠が判明して驚くことになるのです。
また、亡くなる人が事前に分かってしまうようなことも度々でした。
 

そんな母だったから、自分の死期さえも自分で悟ってしまっていたらしいのです。
母が亡くなる2日前、自分の母親(私の祖母)に電話をかけ、「先に行って待ってるね」と別れを告げていたことを後に祖母から聞かされ、鳥肌の立つような思いを禁じ得ませんでした。

実は私も妹も、母が「私はもう長くない、もうすぐ死ぬから」と言い出したのを確かに聞いてはいたのですが、その時は全く取り合わなかったのです。
後に母のその言葉が現実になったとき、「ああやっぱり……」という思いと同時に、どうして信じてあげなかったのだろうかと、自分の余裕のなさにちょっぴり後悔してしまいました。
 

人がこの世に生まれること、そしてあの世へと旅立つこと。
母がどうやってそのサインをキャッチしていたのかは分かりませんが、この世とあの世がどこかで繋がり、その中を魂が行きつ戻りつしていることを、私は小さな頃からごく自然に感じながら育ってきたような気がします。
 

幽体離脱と臨死体験?肉体は魂の器というのは本当か

 
振り返ってみれば、母の人生には数々の不思議な出来事が付きまとっていました。
そのうちの印象的な話をふたつ、書いてみたいと思います。
 

意識が身体から抜け出てしまった…幽体離脱?

 
私を生んだあと、出血多量で産後の肥立ちが悪く、生死の境をさまよっていた母は
自宅療養中に身体から魂がスーッと抜けてしまい、とても楽になった気がしたのだそうです。
すぐ側には、仏壇に向かって必死に祈っている祖母の姿があったとのこと。
 

祈る女性画像
 

ところが それに気付いた途端、母の魂は
「行ってはだめ!!」という祖母の強い祈りの念により、ドスンと身体に引き戻されたのだとか。
そしてその瞬間、割れるような頭痛と吐き気がワーッと戻ってきたそうです。
 

これはいわゆる幽体離脱のような現象だったのではないか、と私は思っています。
この話を祖母と私以外に聞いた人はいませんでしたから、母がわざわざデタラメを言う必要もメリットも特にないはずです。

肉体を離れた母の魂は、それでも祖母の祈りをちゃんと感じ取っていた。
だとしたらやっぱり、肉体が消えても魂は生き続ける、というのは本当なのではないでしょうか。
そして「祈りは必ず相手の元へと届く」ということも、きっと真実に違いないと強く思うのです。
 

人生の中で犯してしまった間違いを知る…臨死体験中の人生回顧?

 
それから、母は以前、精神的に追い詰められて発作的に自殺を図ったことがあります。幸い一命は取り留めたものの、もしかしたらそのときは本当に一度“死んでしまっていた”のかもしれません。
「私は人生でふたつ、大きな間違いをしていた」
元気になった母が口にした言葉は、その後の私の人生に多大な影響を投げかけました。
 

人は死の間際、自らの足跡を振り返って反省を促されるというのは、やはり本当なのか。
「魂の旅」の断片を突き付けられている気がして、私にとってそれはとても大きな衝撃でした。
 

プライバシーの都合上、母が“間違い”と呼んだものの詳しい内容については省かせて頂きますが、
一つには「罪のない人を自分のストレスのはけ口にして悪口を言ってしまったこと」、
もう一つには「不適切なお金の使い方をしてしまったこと」という、
誰もがついつい犯してしまいがちな、ごく日常的なありふれた行為であったことだけは確かです。
 

問題なのは、その行為が本人の“断ち切りがたい悪い癖”として習慣化してしまっているということ。
いつもの悪い癖、実はそこにこそ「今回の人生を選んで生まれてきた」ことの意味、つまり
「この人生において学ぶべき課題」が映し出されているような気がしてなりません。
 

ろうそくの光画像
 

人生を終えるとき、人は走馬灯のように一瞬にしてその人生を振り返る、いわゆる「人生回顧」という現象が起きるということがよく言われています。
このとき母が見たものは、まさにそれと同じであったのではないでしょうか。

「今まで忘れていたことをいっぺんに思い出して、突然自分の間違いが分かってしまった」
というようなことを、母は言っていました。
 

ただ、不思議なことに母はその後、私に語った話の内容をきれいさっぱり忘れてしまったのです。
その話に衝撃を受けた私としては、そんなことがあるのだろうか?と更に驚くハメになりましたが、とりあえず「生きてこちら側に戻ってきた」わけですから、見たもの(答え)を忘れて、自力で残りの人生にチャレンジする必要があったのかもしれません。

人は、人生という学校で勉強しているようなもの……
試験問題の答えを途中で知ってしまっては、学びにはならないといったところでしょうか。
 

▼ 母の死の顛末をこちらの記事と電子書籍にまとめましたので、ご興味ありましたらぜひ!

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生まれる前に決めてきた、私の人生航路

 
母の人生が私に及ぼした影響はものすごく強く、私はその後、ミディアムシップ(交霊術)を通してスピリチュアルな分野にどんどんのめり込んでいきました。

そして私の周りには自死に至ってしまった方がとても多く(母は未遂でしたが)、幼子を残して死んでしまった友人のご主人など、その後の遺族の方々が深い心の傷を抱えて生きる姿をいくつも見続けてきました。
それゆえに、「悲しみを癒すグリーフケアのようなことが私にできないだろうか……」と、長い間何度も自問自答を重ねてきたのです。
 

そんな時、ミディアムシップ・デモンストレーションの会場に「(私の前世体である)花魁」が現れ、メッセージを伝えられるという出来事に遭遇し、これまで薄々感じてきたことが確信に変わりました。

▼ その時のことは会場側でブログ記事にしてくださっています。

【参考】別ブログの記事が開きます。
ご先祖か、前世か? 花魁からのメッセージ。

 

――私が最終的に目指しているものは、即ち『霊的アプローチによる遺族のための終活』です。

スピリチュアルな世界については、信じられないと拒否感を示す方も実際まだまだ多いのですが、「突然愛する人を奪われた」と感じているご遺族にとって【魂は死後も生き続ける】というスピリチュアルな概念は、とてもとても救われるものであるのは確かです。

まだまだ出来立てホヤホヤのこのサイトですが、旅立つ側の身支度だけでなく、お子さんを亡くされた方や愛する人を自死によって失ったご遺族の方のための終活、という方向を目指して進んでいけたらいいなと思っています。
残りの人生があとどれくらいあるのかは分かりませんが、私が半生を通して体験したことが、もしも誰かの役に立つのであれば……そんな気持ちでこれからも記事を綴っていくつもりです。
 

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夕貴
自ら予言した通りに亡くなった母、突然倒れて帰らぬ人となった父……二人を見送った経験から「天国への旅支度」の必要性を痛感。見送られる側・見送る側それぞれの心に寄り添うエンディング、現代社会にマッチした新しい終活の在り方を模索し続けています。
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