終活つれづれ

入棺体験ワークで感じた「連綿と続く魂のテーマ」

棺桶全体写真1

6月某日、一般社団法人終活協議会の巣鴨事務所で行われた入棺体験ワークに参加してきました。
今日はその時の様子と、棺の中に入って私が感じたことを赤裸々に書いてみたいと思います。

人は「寿命」が訪れるまでは死なない

 
生きたまま棺に入る、というと「縁起でもない」なんて声が聞こえてきそうですが……(笑)
私自身はあまりジンクスのようなものは気にしない性分で、むしろ貴重な体験ができるとばかりに、大喜びでこのワークに参加しました。

っていうか、「縁起の悪いことをしたせいで人が死んでしまう」なんて絶対にありませんからね。
人には自ら定めてきた寿命というものがあり、その時が来るまではどうやっても死なないのです。
だからあまりビクビクしなくても大丈夫、それよりも自らの心に正直に生きた方がずっと建設的ですよ。(←好き勝手に、という意味ではありません)

――もっとも、いつ寿命が尽きるのかは誰にも分かりませんが。そういう意味でも終活、ちゃんとしておきたいものですよね。
 

棺桶全体写真2これは一般に広く普及しているタイプの棺桶。中はこんな感じで綿のお布団が敷かれています。

 
逆を言えば、縁起が気になるのって「自分の中にある不安」がどんなものかを知る、ちょうどいい目安になるのかもしれません。

「まだ死にたくない」「何か悪いことが起きたらどうしよう」……その部分に恐れが潜んでいるのかも。もしも今この瞬間に死んでしまったら、やっぱり後悔することがたくさんある?
それを怖れている自分に気が付いたなら、大切な人に伝えるべきことは今すぐ伝え、今日という日を精一杯生きるように心掛けたいものですよね。
 

「入棺体験」――人生の最後、死を受け入れる疑似体験

 
さて、この会場では圧倒的な存在感を持って横たわる棺を前に、入棺体験と同時進行でのセミナーが行われました。
セミナーのテーマは『人生の最後は自分で決める』。これはQOD(クオリティ・オブ・デス)という考え方を軸にした、死の模擬体験のような内容になっていました。
 

あなたは、既に肉体と魂とが分かれてこの世の中には存在していません。
四十九日の法要も終わり、やっとご自身でも“死”というものを受け入れるようになりました。

そこで質問です・・・
あなたは今どこにいますか? 何をしていますか?

 
そんな問いかけに答えを探す傍らで、一人5分間、棺の中にじっと身を横たえるワークが進行中。
もちろん棺の蓋は閉められてしまいます!(怖かったら、中から合図をすれば開けてもらえます)
 

入棺体験の様子1棺の長さは一尺(180cm)が基本、横幅は60cmちょっとくらい?入ってみると結構きつめでした。

 
棺の長さは一尺(180cm)が基本だそうで、入ってみると横幅が結構きつめに感じられました。

この日聞いた豆知識(?)、人は亡くなると10~15cmくらいは身長が伸びる(足首が緩む)のだそうで、元々身長が高い方はこの一般的な棺のサイズだとちょっと窮屈かな~……と感じました。
とはいえ、大抵の場合は膝を少し折り曲げ、このサイズで納棺するそうですよ。
 

棺の中で何を感じるかは人それぞれ、私の場合……

 
貴重な体験ができる!と勇んでこのワークに参加したものの、いざ棺の蓋が閉められると、一気に息苦しさが押し寄せてきました。

(これは人によって信じる信じないが分かれますが)実は、魂は輪廻転生をくり返し、生まれ変わって何度もの人生(前世)を生きているのですね。

そしてどうやら私の前世の一つには「焼死、または窒息死」したものがあるようで、このワークによって息が詰まることへの恐怖心がじわじわと湧き上がり、棺の中でそれを抑えるのに必死になってしまいました。
 

入棺体験の様子2おとなしく横たわっていますが、棺の中は暑くて息苦しさに必死に耐えています。

 
職業柄、いわゆるスピリチュアル業界の末端にいる身としては、もっと愛する家族への感謝のような気持ちが湧き上がってくるのではないかと想像していたのですが……
まさかこんな風に恐怖心に支配されてしまうとは、自分でも意外でかなり驚きました。

この体験ワークは、お坊さんの修行の一環である『体内内観』の簡易版のようなものだそうですが、私の場合は「生まれる前の胎児の状態を疑似体験する」というよりも、前世記憶にも通じる、さらに根源的な部分の感覚を甦らせてしまったようでした。
 

入棺体験の様子3

棺の中では、亡くなった両親、それから飼っていたうさぎの姿が脳裏をよぎりました。

「私があの世に旅立つ時に迎えに来てくれるのは、きっと彼らに違いない」
――何の根拠もないけれど、ふとそんな気がしました。

 
死を迎えることに対する怖れはないのですが、どうやら私はまだ、死ぬ準備は整ってはいないようです。もちろんそれには理由があって、「まだやるべきことが残っている」という、その一点に尽きるだろうと思います。

前世記憶をいたずらにひも解く必要はありませんが、その時やり残したことをこの人生において完結させなければならない、と志を新たに決意させられました。
今回の人生はたった一度きりですが、『魂のテーマ』は連綿と続いているのだなあ……ということを、このワークを通して強く感じました。
 

最後に目を閉じる時、そばにいてほしい人は誰ですか?

 
会場内ではセミナーが着々と進められ、講師の方のレクチャーが棺の中からもよく聞こえました。
実際こうして横たわってみると、他に何もすることがなくなるせいか、聴覚が敏感になる人が多いそうです。また、人によっては棺の中で号泣してしまうケースもあるのだとか。
 

「残された人たちは今、何をしていますか?」
「あなたが最後を迎えたい場所はどこですか?」
「あなたがご自身の“死”を認識した時、まず何を考えて何をしますか?」

次々と出される質問を前に、それぞれが自分を振り返り、自分の心と相談してテキストに答えを書き込んでいきます。
 

入棺体験のスクリーン文字
 

そして私には、次の質問が最も心に深く刺さりました。
「あなたが最後に目を閉じる時、そばにいてほしい人は誰ですか?」

――今回の人生において積み重ねてきたことへの、これが究極の『答え』になるのではないかと思いました。
 

死を目前にしてやるべきこと、やりたいことは山ほどありますが、それらは全て後始末のようなもの。どちらかといえば唯物的な事柄の方が多いのかもしれません。
けれども愛する人々と過ごしてきた時間だけは、まぎれもない人生の積み重ねの結果。

最後の時に誰にそばにいてほしいのか、それは「死してなお、永遠に結ばれる魂の絆」にも等しいものだと思えて仕方がありませんでした。
 

肉体を脱ぎ捨てた後、魂があの世に持って行けるのは積み重ねてきた記憶だけ。
それならばぜひ、幸せな愛の記憶をたくさん蓄えてあの世に還りたい……そんな気持ちを強くした入棺ワーク体験でした。
 

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夕貴
自ら予言した通りに亡くなった母、突然倒れて帰らぬ人となった父……二人を見送った経験から「天国への旅支度」の必要性を痛感。見送られる側・見送る側それぞれの心に寄り添うエンディング、現代社会にマッチした新しい終活の在り方を模索し続けています。
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