慈善団体に多額の寄付をしてしまったと、青ざめた瑛人くんから連絡が入りました。聞けば、精神状態が朦朧として普通ではなかった時に、短期間の内に合計200万円以上もの寄付金を振り込んでしまったというのです。
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➡ 自立を目指しながらも将来への不安を強く感じていた彼:回想編11
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➡ 瑛人くんとの出会いと、私が占い師になった理由:回想編1
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➡ 止められなかった自殺予告…自死を選んでしまった友人①
Contents
二度三度と寄付を繰り返し、200万円を超える金額に
病気が進行し、もうこれ以上仕事が出来なくなったらどうしよう。そうなる前に少しでもお金を貯めておかないと……。
そんな思いで貯金を続けていた彼が、あるスポーツ選手のうつ公表を見て、「スポーツ選手も大変なんだな。自分は病気のせいで何の役にも立たない社会のお荷物だし、せめて自分ができることをしなければ社会に対して申し訳ない」と、インターネットから慈善団体に寄付金を振り込んでしまったというのです。
確かに、寄付をしたこと自体は最初に私も聞いていました。ただ、当初は彼は80万円だと言っていたので、「寄付はいいと思うけど、これからの生活のこともあるから残りはあんまり使わないで貯めておいたほうがいいかもね」と伝えて様子を見ていただけでした。
「ちょっと額が多かったかな……これからはちゃんと節約するようにします。寄付とか勢いでやらないようにします」という彼の言葉をそのまま信じていたのです。
ところが、それからも彼は約半月間に渡って寄付を続け、そのことは私には伝えられませんでした。なので一転して200万円を超える額になっていたことを聞かされた時、これは困ったことになったなと、私もさすがに焦ってしまいました。
「ダメ元で返金してもらえないかどうか聞いてみても大丈夫でしょうか…」という瑛人くんに、『精神科に通っていて、精神状態が悪い時に寄付してしまった』と事情を話してみてはと伝え、結果的に組み戻し手続きをすることになり、寄付した金額は後日無事、彼の手元に戻ることになったのです。
「俺の人生、夕貴さんに出会えてラッキーだった」
ただし、組み戻し手続きについても完了するまでには一波乱ありました。
郵便局から書類をもらってきたものの、「手が震えてしまい、どこに何を書いたらいいかも分からなくて書くのを失敗してしまった」と瑛人くんが言って来たのです。
それを聞いたのは病院に付き添う日の前日だったので、「じゃあ明日、少し早めに迎えに行くから、一緒に郵便局に行って書類を書き直そう」と伝え、実際に彼に付き添って私も郵便局まで行きました。
窓口では、特殊な書類のためこれ以上手渡すことはできないと言われましたが、窓口で手続きをする分には問題ないということで、一マスずつ指差し記入する単語を口にしながら、瑛人くんが書き込むのを手伝い手続きを完了させました。
そしてそこからそのまま病院に向かい、彼の希望で一緒に診察室にも入って、今の彼の状態を私からも先生に説明しました。
市役所からケースワーカーに話をするように勧められたこともあり、先生からケースワーカーさんに繋いでもらって少しだけ今後のことを相談もしました。
病院から家まで送り届けた際、彼が私に向かってこう言いました。
「俺の人生、夕貴さんに出会えてラッキーだった。夕貴さんがいなければとっくに自殺していた」
それを聞いて、私も心底ホッとしたのです。瑛人くんにとって気がかりな問題が少しでも片付いたなら、とりあえず急場しのぎにはなったのかな、と……。
「……瑛人くんってすごくきれいなんだよね、心が。表面的なきれいごとを言う人はいっぱいいるけど、どこか裏が透けて見えるっていうか。だけど瑛人くんは本当にすごく純粋だから、だから私は失くしたくないし、ずっとここ(地上)にいて欲しいし……絶対に死なせない」
そう言うと、彼は泣き出してしまいました。
「俺、いつもはそういうのあんまり刺さんないんだけど……何か嬉しいですね」
眼鏡を外し、嗚咽しながら目頭を押さえ、そんな風に答えたのでした。
それから二日後、彼の表情は一変していた
(※この部分は「止められなかった自殺予告…自死を選んでしまった友人①」という過去記事の内容と一部重複します)
――が、それから二日後、市役所に支援の相談に行く約束になっていたため彼を迎えに行くと、彼の表情は一変していました。
「何しに来たんですか。夕貴さんがいると何も出来ない、早く帰ってください」
「帰ったら何するの」
「夕貴さん帰ったら死んだり、作業したり……」
それを聞いて、私はきっとまだ彼は大丈夫だなと思い、市役所には断りの電話を入れて帰ることにしました。彼がその時手掛けていた仕事があることを知っていたので、私が帰ったらその作業をするのだと思ったのです。
そんな状態でも、彼はどうぞと言って私を中に入れてくれたので一旦お邪魔させてもらい、病院から帰った後~昨日までの様子について尋ねてみました。ところがものすごい剣幕で怒鳴り散らされ、私が自分に嫌がらせをしていると言って譲らないのです。
「夕貴さんいると何だか見張られているみたいで。ああ、見張ってるのか」
「夕貴さんには色々良くしてもらったけど、やっぱり悪縁だったな」
「夕貴さん帰ったら今から死にます」
それ以降もせわしく喋りながら、ずっとウロウロと歩き回っていた彼。様子が気になりましたがこれ以上いては彼の苦痛が強くなるばかりだと思い、仕方なくそのまま帰ろうとして玄関先からチラッと見ると、瑛人くんはキッチンの奥の方でイライラと貧乏ゆすりをしていました。
それでも「バイバイ」と私が玄関先で声をかけると、瑛人くんも「あっ、バイバイ」と反射的に半分手を挙げかけ、そしてすぐに下ろしました。
「またね」――そう言いながら扉を閉めた、まさかそれが彼の姿を見た最後だったなんて。
それ以降、失踪した彼とずっと連絡が取れないまま、数か月後に訃報を聞かされることになるのです。
私が帰った直後に失踪し、そのまま連絡が取れなくなった彼
実はその日は夕方に彼のお父さんが来ると聞いていたので、私は帰る時点ではそこまで心配もしていなかったのです。
「(自分が今住んでいる部屋を引き払って)父親のアパートに引っ越すかもしれない」と言っていたので、もしかしたらそのままお父さんのところに行って、私とは連絡が取れない状態になっているのかな、と思っていました。
でも実際には、彼は私が帰った直後に失踪し、彼のお父さんが行った時にはドアの鍵も開けっ放しのまま、もう既に行方が分からなくなっていたそうです。失踪後しばらくして警察に捜索願が出されましたが、変わり果てた姿の瑛人くんが発見されたのは、それから更に一か月ほど経った頃のことでした。
一方、私は音信不通状態を心配しつつも、ここはお父さんに任せた方がいいのではと思い、瑛人くんを訪ねたりもせず数か月間ただじっと連絡を待っていました。
でももう既に亡くなっていた彼からの連絡など当然あるはずもなく、お悔やみ欄にも載らず静かに家族葬で見送られた彼の訃報も、私に知らされる術はありませんでした。
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